藻類培養と藻類分解による栄養素供給技術の開発
このテーマでは、サーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)に使用する藻類の選定と動物筋細胞への栄養素供給技術の開発に取り組んでいます。 CCCに適した藻類は、①光合成で作り出す有機物から動物細胞培養に必要な栄養素を効率的に取りだせる、②動物細胞培養後の廃液を再利用した培養液中で育ちやすい、という2つの条件から選定を進めています。
また、動物筋細胞には糖類・アミノ酸・ビタミンといった動物細胞の培養に適した栄養素を供給することを前提に、選定した藻類から様々な手法を用いて有機物を分解し、栄養素を抽出する技術を開発しています。
血清に頼らない細胞培養技術の開発
このテーマでは、サーキュラーセルカルチャーシステムで増殖因子をまかなう方法を研究しています。通常の細胞培養は、ウシ血清などの増殖因子を外部から添加していますが、システム内で動物筋細胞の増幅を可能にすることで低コストと自己完結型のシステムの確立を目指しています。
まず、動物筋細胞の培養増幅技術を開発します。細胞を培養液中で培養すると培養上清と呼ばれる上澄み液が得られます。増殖因子を分泌する細胞を培養すると、増殖因子やホルモンなどの生理活性物質が豊富に含まれた培養上清が得られます。私たちの研究では、複数の増殖因子分泌細胞を培養し、その培養上清を用いた動物筋細胞の培養に取り組んでいます。
次に、食材となる動物筋細胞の増幅を促進する増殖因子を詳細に調べ、食肉の種類によってそれぞれ適した増殖因子を分泌する細胞を選定します。
こうして選定した増殖因子分泌細胞と筋細胞を連動して培養することで、外部から血清や増殖因子を添加することなく、動物筋細胞の増幅が可能となります。
動物細胞の培養廃液を用いた藻類培養技術の開発
このテーマでは、現在の培養肉研究の重要な課題である培養過程で発生する廃液による環境汚染を解決するため、動物筋細胞の培養に使用した後の培養液を捨てずに、藻類の育成に再利用する技術の研究を進めています。
研究過程において、マウス筋芽細胞培養後の廃液を用いて藻類を培養したところ、廃液中に含まれるアンモニアなどが藻類にとっての栄養素になり、消費されることが確認されました。
この結果を踏まえ、今後、培養廃液のさらなる成分分析を行い、藻類の育成に必要な成分を分離選別し、藻類の培養液としてリサイクルする技術を開発します。
循環型の細胞培養システムの開発
このテーマでは、栄養素供給、細胞増幅、廃液リサイクルの3つのプロセスを連結した循環型の培養プロセスであるサーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)を開発に取り組んでいます。
CCCを安定的かつ効率的に運用するため、プロセス同士での連結方法を設計するとともに、各プロセスにおけるモニタリングに適したパラメータを選定し、モニタリングと制御を組み込んだ技術を開発します。
これまでの研究において、藻類から抽出した栄養素を利用した動物筋細胞培養プロセスと、動物筋細胞培養後のリサイクル廃液による藻類育成プロセスの連動を成功させました。また、ラット肝由来細胞の培養上清を用いた循環型培養を行ったところ、連続2サイクルで動物筋細胞と藻類がほぼ同じ割合で増殖することが確認できました。
今後は更なるプロセス間の効率化を図るとともに、サイクル数を上げた循環型培養に取り組んでいきます。
食材となる細胞の大量培養技術の開発
このテーマでは、動物筋細胞の立体組織化における構成要素となる細胞ファイバー、細胞シートといった組織パーツの作製技術を確立します。
これまでの再生医療研究において発展してきた、ティッシュエンジニアリング技術を用いた組織工学を駆使することで、細胞から立体的な組織を構築し、培養チキン・ポーク・ビーフを作製します。
また、動物筋細胞を脂肪細胞などの複数の細胞や藻類と組み合わせることで、栄養・食感ともに現行の食料にひけを取らない美味しく栄養バランスのとれた培養食料の生産を目指します。
動物細胞の立体組織化による培養食料生産技術の開発
このテーマでは、本プロジェクトの目標である健康的で美味しい食料を安定・安全かつ環境やコストに配慮した形で生産することを実現するため、サーキュラーセルカルチャーシステムと立体組織化技術を統合した、新しい循環型培養食料生産システムの開発に取り組んでいます。
まず、一連のプロセスを無菌的に連結した新システムの設計と構築およびプロトタイプの検証を行います。
次に、生産プロセスのモニタリングと制御を行い、培養食料の品質と生産効率を最適化します。
このような道筋で、バイオエコノミカルな培養食料生産システムの構築を達成すべく研究を進めていきます。
システムのライフサイクルアセスメント・法規制整備・社会受容性向上・事業化
このテーマでは、ライフサイクルアセスメント、法規制整備、社会受容性向上、事業化といった社会実装に向けた準備に取り組みます。
ライフサイクルアセスメントの観点からは、培養肉生産過程において化石燃料に依存している限りは、通常の飼育で発生する温室効果ガスを上回ってしまうという予測があります。サーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)においては再生可能エネルギーを積極的に利用し、環境負荷の低減を徹底するべきだと考えています。
法規制の整備に関しては、日本では2022年6月に「細胞農業によるサステナブル社会推進議員連盟」が設立されました。また、厚生省ならびに内閣府食品安全委員会で研究班が立ち上がり、ハザードとリスク分析が開始されルール形成に向けた動きが加速しています。ルールの設定において、細胞由来食品の安全性、培養液成分・足場材料の安全性を確保しておく必要があります。
次に、培養肉の社会受容性の向上については、将来の食糧不足や環境負荷といった世界的な課題に対応しうる培養肉の安全性について正確な情報を発信することで、皆が安心して培養肉を食べられる環境を目指します。
一方で、既存の食料に比肩する美味しく健康的な培養肉をリーズナブルな価格で市場展開していくことも、培養肉の普及においては重要です。
CCCと立体組織化技術を統合した新しい循環型の培養食料生産の実用化と普及を早期に実現し、持続的な食料供給と地球環境保全の両立を図ることが、本プロジェクトの使命であると考えています。